車社会

車社会

私の住んでいる地域は、車社会といわれるほど

車と生活が密接な関わりをもっています。

18歳で免許がとれる年齢になると、就職や進学の為に車の免許を取るのが一般的で、

高校生の頃、同級生で早めに誕生日が来る友人はすでに教習所に通っていました。

免許を取りしばらくすると車を買う友人が増えます。

私の地域では車というのは贅沢品という価値観ではなく

一人一台もっていて当たり前という感覚でした。

そのくらい車がないと何もできないような環境だったからです。

電車といものが私たちの地域にはなく、バスやタクシーはありますが

電車ほど便利なものではありません。

タクシーは料金がそもそも高いので頻繁に利用することはできませんし

バスはというと、時間通りにはなかなか来ないのが現状です。

しかもあまり人の利用がないバス停などは1時間に2本しか通らないという事も

珍しくありません。

しかもバス停までの道のりがとても遠く、気軽に利用するなんて

とてもできないような環境なのです。

もう少しバスの路線が増え、時間通りに運行してくれれば問題ないのですが

なにせ車が多い地域ですから、渋滞というのはしょっちゅうで、

特に雨の日になると車が全然動かなくなってしまい、

時間通りの運行が難しいのは理解できるのです。

私もバス通勤だったころ、雨の日にいつもどおりに起きてしまうと

遅刻してしまうので、明日の天気予報は常に見たものでした。

バスの利用もあまり習慣のない地域で育った私も

車社会にどっぷり浸かり、すぐそこのスーパーに行くにも

車で行くのが当たり前のようになっていました。

こうなってくると、車がないと外にも出られず

家の中でじっとしているしかないという思考になってきます。

出ればいんですよ、普通に。

歩いてスーパーへ行ったとしてもわずか5分から10分程度だとしっていますが

歩いてまで行こうという気になれず。

これでは運動不足になってしまうのも無理ありません。

家族や友人にスーパーに行くときに歩いて行ってる?

と聞くと、やはり車で行っていると答えます。

しかし、適度な運動はやはり必要で、ウォーキングは週2~3日は行っているそうです。

私はウォーキングなどの運動は一切していなかったので

凄いなと思い、どうやってるの?聞いてみると

公園まで車で行き、その公園内をウォーキングしているとの事でした。

せっかくウォーキングしているなら公園まで車で行かず

歩いて行った方がより良いのではないかとふと疑問を感じましたが

ここはやっぱり車社会。

ウォーキングするにも車が必要なんだと妙に納得したような気がしました。

達人の生ビール

夏といえば生ビールです。

わが家は最近、ワイン派になりましたがそれでも夏の盛りになると最初の一杯はビールがいいねとなりますし、それ以上に「やっぱビールなら生ビールだよね」となります。

だいたい缶ビールはそれこそ、最初のひとくちの喉越しで充分かと思うのに、生ビールになると「何杯でも飲める」感じがしてしまうのはなぜでしょうね。

でも生ビールも「うまい、まずい」があるのですよ。

それを知ったのは数年前のことです。近所にビール工場の支店ができ、できたての生ビールが飲めるビヤホールができたのです。

それまでもなんとなく、「あそこの焼き肉屋の生ビールはおいしいよね」「この間の居酒屋は生ビールがいまいちじゃなかった?」などと夫と話していましたから、多少は味の差を感じていたのだとは思うのです。

このごろは、うっかりしていると、生ビールとはうたわずに「生あります!」と書いてあるちらしに誘われて飲みに行くと、発泡酒の生だった、なんてこともけっこうありますしね。

そのビヤホールで生ビールを飲んだとき、夫と「おや?」とお互い顔を見合わせました。

なんだろう、確かに味もうまい。麦芽の香りも強い。それはでも、たとえば生ビールの種類にもよるでしょう。ビール会社のビヤホールではハーフアンドハーフをはじめ、ずいぶんとたくさんの種類の生ビールがありますし。

でもそれ以上に、口につけたときのきめ細やかな泡だちや、その泡だちの後に続いてくる喉越しなどが、ここがすごいとかその味とか断定はできないのですが、とにかく「うまい!」のです。

それから夫婦でビヤホール通いが始まりました。

つまみはそれほど多くありません。枝豆やフライドポテト、スティック野菜など。でも、ビヤホールで夕飯をすまそうというわけではないのでそれで充分です。私たちにとっては、生ビールを2杯~3杯飲んで、あとは帰宅してお茶漬けでも食べればちょうどよいのです。

通ううちにわかったのですが、ビールを注ぐ人によっても「おいしさ」は微妙に変化するのですね。

そのビヤホールは年中無休でしたが、カウンターでビールを注ぐ人は初老の男性ひとりで、その人は水曜はどうやらお休みのようなのです。

で、水曜日に生ビールを飲むと、わずかですが「違う」と思うときがあったのです。

それはもしかしたら、その男性の注ぐ姿に惚れて、その人以外だと「違う」と錯覚してしまような、気持ちの問題だったのかもしれません。

白いシャツに小さめの黒い蝶ネクタイをした男性は、いつも真剣な目でサーバーの注ぎ口を見つめます。ジョッキを持つ手は力強く、一度銀色のバゲットのようなものにジョッキをいれて、必ず外側についたしぶきをささっと拭います。

一連の動作は素早く、流れるようでありながら、なにひとつ手間を省いていません。ほとんど話さず、(だいたいビールを注ぎながら隣のバイトらしき女の子と話していたりするのを見ると、ツバが入ったらどうすんだよ、といつも思うんですがね)ただ黙々とビールを注いでいるのです。

この初老の男性をビヤホールでお見かけしなくなりました。それ以降なんとなく、何に操だてしているのか自分たちでもよくわかならいのですが、そのビヤホールとは疎遠になってしまった私たちです。